お知らせ

レポート:HMCリエゾンプロジェクト「吉村栄吉の時代と人々」第2回報告会

カテゴリ: リエゾンプロジェクト , 吉村栄吉の時代と人々
  • 日時:2025年8月25日(金)13:00-17:00
  • 発表者:(発表順、敬称略)
  • 山崎藍、笠井健太郎、早川侑哉、薄鋒、安原大熙、齋藤希史

HMCリエゾンプロジェクト「吉村栄吉の時代と人々」発足以来、詩文班では毎月、メンバーがハイブリッド形式で集まり、研究の進捗・発見・課題を共有しながら、今後の進め方について意見を交換しています。
5月2日のキックオフイベント以降、それぞれが地道に取り組みを進めてきたことで、少しずつ成果が形を取りはじめています。
今回は、そうした取り組みを具体的なかたちで可視化・共有する機会として、本郷キャンパス内のHMC事務局にメンバーが集まり、発表会を開催しました(一部メンバーはオンラインにて参加)。数名による成果報告が行われ、内容の共有と意見交換が活発に行われました。
以下に、各発表の内容と、それに基づく主な議論の概要を報告します。

最初に山崎藍は、七言絶句「美人曲」について発表しました。この詩は唐・朱慶余「宮詞」詩「寂寂花時閉院門、美人相並立瓊軒。含情欲説宮中事、鸚鵡前頭不敢言」を踏まえた作と思われ、韻字は下平声・十一尤韻です。本詩は鸚鵡と宮女を詠じた作品です。鸚鵡はその語る力により珍重され、宮廷文化を象徴する鳥でした。後漢・禰衡「鸚鵡賦」で賢人の失志を象徴するようになり、以後詩賦の題材として定着します。中唐期以降、前掲の朱慶余「宮詞」や蘇郁「鸚鵡詞」といった、宮中という「籠」に囚われた宮女が、彼女と同じく「籠」に入れられた鸚鵡が有する「語る能力」を恐れて自分の思いを語ることを封じられ、その沈黙が不満や不安となって詩中に表出される作品が見られるようになります。本作はこの宮女の思いを詠じています。質疑では迂斎が鸚鵡詩を複数詠じていたこと、宮女の愁いなども題材として取り入れていたことなどについて議論がありました。

続いて笠井健太郎は、七言律詩「春雨」について発表しました。この詩は謝霊運の典故を用いながら、春の美しい風景を、自分では表現し尽くすことができないほど美しい、というかたちで描きます。発表では題下の「寸炷」に注目し、これが『迂斎詩集』に多数見られるのみならず、中井竹山の詩題にも見られることを指摘し、その後の討論では江戸時代の詩を詠む場について議論を深めました。

次に早川侑哉は、五言律詩「春入鳥能言得春字」について発表しました。この詩は初唐の宋之問「春日芙蓉園侍宴應制」(『宋之問集』巻下)詩の第六句「春入りて鳥能く言う」から題を取った、題詠の詩で、詩句から一字を取って「春」(上平声十一眞韻)を韻字としています。この詩の特色は、「春入鳥能言」の句に拠って春鳥の美声をテーマとしながら、原作の応制詩の設定を引き継いでいる点にあります。詩句には『詩経』小雅「伐木」や「綿蠻」の引用が見られ、この事もこの詩に応制詩に近い荘重さをもたらしていると言えるでしょう。質疑では、宋之問の詩を迂斎がどういった書物によって摂取したか、また迂斎にとっても応制に近い詠出の場が実際にあったのかどうかなどに談が及びました。

その次に薄鋒は、七言古詩「棲雲菴同觀櫻花」について発表しました。この詩は三十二句からなっており、換韻の手法も使われています。櫻花は日本に特有のものではないが、冒頭の二句からは、当時の日本における櫻の特色やその美景を誇る感情が読み取れます。僧院「棲雲菴」での花見は、迂齋にとって毎年恒例の行事となっていたようであり、櫻もまた「故人」と擬人化され、親しみを込めて表現されています。『迂齋詩集』には櫻花に関する詩が他にも数首あるが、本詩のように「忠愛」や「縄愆」といった教訓的な意図と結びついた例はあまり見られません。本詩の特徴として、一般的な櫻花の鑑賞活動が道徳教育の場として活用されるという特徴があり、櫻花の役割も単なる鑑賞対象から、教育の媒介としての存在へと転換していると言えます。

最後に安原大熙は、長崎半島の入江を詠じた吉村迂齋の七言絶句の連作「葭原雜咏」のうち、「三十六灣灣接灣(三十六湾湾は湾に接す)」で始まる其二について発表し、またその連作全体における位置づけについて考察しました。この詩は彼の代表作として知られており、江戸明治期の名詩集の類にも多く採られていますが、連作全体においてどのような作用を及ぼしているのかという事については、先行文献において殆ど言及されてきませんでした。連作全体に訳注を施した事で、其二おいては連作全体の舞台(長崎の湾全体)を明示する役割が特に期待されており、また山河の描写を主とする其一から大海原を描写する其二に一気に移行し、ギャップを生じさせる事で長崎の風光に接した感動を最初に示す役割も託されているのではないか、と考えました。他の皆様方が扱われた詩と幾つかの典故が共通していたり、また連作構成についても新たな意見を複数いただけましたので、大変充実した議論ができました。

各発表を通じて、詩文をめぐる多角的な視点や方法論が浮かび上がりました。こうした知見を継続的に活かし、記録として残していくための技術的な基盤として、齋藤希史より、オンライン・オフライン連携型アプリの自作について紹介がありました。デジタルヒューマニティーズの日常化を背景にしたこのツールは、PDF化された資料(たとえば写本など)に注釈を加え、軽量なデータで保存・共有できる機能を備えており、今後の共同研究や成果のアーカイブ化を支える手段として、具体的な提案がなされました。

議論は大いに盛り上がり、予定時間を大きく超えて、4時間にわたる充実した討議の場となりました。 
なお、本プロジェクトでは、こうした成果を踏まえ、今年冬には、より広範な参加者を交えた大規模な成果報告会を予定しています。江戸期長崎を舞台とする漢詩文研究の可能性をさらに拓く試みとして、ぜひご注目ください。

(山崎藍、笠井健太郎、早川侑哉、薄鋒、安原大熙、祝世潔)