レポート:第87回東京大学HMCオープンセミナー『「顔」は何を語るのか:顔貌コレクションの活用と展望』
2023年3月8日、 第87回東京大学HMCオープンセミナー『「顔」は何を語るのか:顔貌コレクションの活用と展望』を開催しました。人文社会ウィーク2023の一環でもあった本イベントには176名の方にご参加いただきました。有難うございました。
2022年12月から始まった共同研究プロジェクト「「顔」は何を語るのか─過去から未来へ」のキックオフイベントとして開催された本イベントは、永井久美子さんによる趣旨説明の後、髙岸輝さん、鈴木親彦さんから話題提供いただきました。後半は上田竜平さん、中村覚さんも加わって、参加された方々からの質問も交えながらディスカッションが行われました。
はじめに、笠原真理子さんからヒューマニティーズセンターのご紹介があった後、プロジェクトの代表者である永井さんからプロジェクトとイベントそれぞれの概要について説明がありました。
続いて話題提供に入ります。まずは高岸さんが「美術史学における「顔」―肖似性と様式分析」というタイトルでお話されました。美術史学には、絵に描かれた人物と実際の人物がどの程度似ているのかという、「肖似性」に関する顔の研究があるという高岸さん。誰もが一度はその名を耳にしたことがある源頼朝や足利尊氏といった、歴史上の有名な人物を例に挙げながら、これまで当該人物だとされていた絵が実は別人の顔であることが示された事例紹介をいただきました。その後、様式分析の一例として、「遊行上人縁起絵巻」清浄光寺甲本に関するご研究を紹介いただきました。複数の絵師が関与したとされる本絵巻には、多数の人物が描かれています。それらの人物がどのように描かれているのか、特徴や表現といった様式を分析することで、これまで江戸時代初期の作品と言われていた絵巻の成立時期が本当に正しいのかを検討されたそうです。この研究は、本イベントでともに話題提供をされる鈴木さんと共同で行われたということで、共同研究を支えるデータ「顔貌コレクション」を作成された鈴木さんへとお話がバトンタッチされました。
鈴木さんからは、「顔貌コレクションを利用した人文学研究-「遊行上人縁起絵巻」清浄光寺甲本を軸に」というタイトルで、顔貌コレクションとは一体何か、そしてどのような活用方法があるのかについて、話題提供いただきました。顔貌コレクションには現在、各大学で保管されている近世初期の絵巻物や写本が登録されているという鈴木さん。顔のみに着目した「人文学資料のマイクロコンテンツ化」である顔貌コレクションが、自動で顔貌を検出する機能を備えたことにより、従来はコピーした資料から顔のみを手で切り抜いて抽出するしかなかった作業の手間を、大幅に削減することに成功されたそうです。高岸さんとの共同研究では、そうして描かれた顔だけをコンテクストから切り離し、性別や身分といったメタデータを付与することで、例えば僧侶と尼僧の分別といったカテゴリー別の傾向を検討されているとのことでした。お二人の研究成果はすでに論文化されており、こちらから読むことが可能だそうです。他にも、データセットの形式に手を加えることで機械学習に利用されたり、現代アートとのコラボレーションも行われたりと、顔貌コレクションの活用の幅はどんどん広がっているとのことでした。
お二人からの刺激的なお話を受け、後半のディスカッションではまず上田さんから、実験心理学的手法がどうお二人の研究に関われるのか、これからの協働研究プロジェクトの行く末を見据えた質問がされました。上田さんのご質問に高岸さん、鈴木さんが一通り回答されたあとは中村さんから、描かれ方の上手/下手を定量的に判断する指標や、メタデータの標準化方法、顔以外のデータセットのつくりかたなど、こちらもご自身の専門ならではの質問が複数投げかけられました。分野が異なる研究者同士の対話では、前提とする知識の違いが議論に齟齬を生じさせることがよくあるのですが、高岸さんも鈴木さんもとても丁寧に上田さんと中村さんの質問に答えられていて、お互いの認識が合わさっていくさまが目に見えるようにはっきりとわかる印象的な議論でした。
四人での熱い議論がひと段落したところで、永井さんがオンラインから寄せられた質問を読み上げます。一つの絵巻物の中でなぜこんなにも多様な描かれ方が許容されたのか、酒呑童子など複数の姿形を持つ人物をどう同一人物だと特定するのかといった鋭い質問の数々に、高岸さんも鈴木さんも真摯に回答されていました。
最後は時間切れとなり、足早に永井さんから締めの挨拶がありましたが、2時間があっという間に過ぎ去ったとても濃密なイベントでした。まだまだ議論は尽きなかったご様子ですが、それはまた次回のイベントで、ということで、早くも次回のイベントがとても楽しみです。登壇者の皆さま、とても刺激的なお話を誠にありがとうございました。
(藤田 弥世)