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レポート:第93回東京大学HMCオープンセミナー『「顔」は何を語るのか:漫画と絵巻における顔貌表現の心理学』

カテゴリ: 「顔」は何を語るのか──過去から未来へ , 協働研究

本協働研究としては2回目となるオープンセミナー『「顔」は何を語るのか:漫画と絵巻における顔貌表現の心理学』がオンラインで開催されました。最大で200名近くの方にご参加を頂き、多くの質問が寄せられ、前回に続き盛況な会となりました。

はじめに、司会の永井久美子先生から、本協働研究の概要、および先生ご自身がこれまでHMCで展開されてきた研究と本協働研究の関連や経緯についてご説明がありました。

まず、上田彩子先生のご報告「漫画における顔の表現 魅力的なキャラクターとは?」は、先生ご自身が漫画家かつ認知心理学者であるという無二の個性を活かし、日本の漫画の表現様式がなぜ魅力的と感じられ、世界に受け入れられているのか、心理学の観点から説明しようとするものでした。日本の漫画の特徴としては、原稿がモノクロ主体であること、非リアルな表現が中心であることといった点が挙げられますが、そのいずれも「コントラスト」(コントラスト=情報量の変化があるところに美を感じやすい)あるいは「モジュールの分離と注意配分」(刺激を構成するモジュールのひとつを取り出して強調し、それ以外を省略した表現に美を感じやすい)、「ピークシフト」(誇張した刺激に美を感じやすい)などの心理学的説明が可能とのことでした。日本の漫画の魅力・特徴を心理学的に説明するという手法はもちろん、上田先生が最後に説明された、これらの漫画表現は、日本の漫画家たちが経験的に蓄積した技術により支えられているということ、つまり漫画家たちの手探りの模索の結果生み出された表現技法が、心理学にも適っているということが、大変興味深く感じられました。

次に、上田竜平先生のご報告「絵画作品に描かれた人物顔貌の特性判断」では、本協働研究プロジェクトの一環として実施した心理調査の結果について報告が行われました。

報告の前半では、顔の印象判断に関連した認知心理学研究の概説が行われました。この知見を受けて実施した調査研究では、本協働研究プロジェクトの参画メンバーである永井久美子先生、髙岸輝先生、鈴木親彦先生によって提案された美術史学的問題に対し、上田竜平先生と鈴木敦命先生が調査方法とデータ解析手法を立案するという学際的なアプローチが試みられました。異分野間の研究者が協力して美術史学的問題の解決を目指すこのような試みは、依然として限定的であり、本協働研究プロジェクトでは関連分野に対して新たな方法論を提案することも目的としています。この調査研究は2023年5月に開始したものであり、今後は日本心理学会第87回大会における研究発表等を通して、さらなる発展が行われる予定とのことです。

以上のご報告を踏まえて、ディスカッションが行われました。

髙岸先生からは、以下のようなご指摘がありました。上田竜平先生の報告で対象とされた視覚芸術作品の描き手は、当時の社会において地位の高い人物であり、描かれた人物たち(像主)とは比較的近い関係にあったと推測されます。像主の顔貌には上田彩子先生の報告で紹介された、「カリカチュア」化が施されているとも捉えることができ、そこには描き手の視点がある程度表現されうる、このような点において、2つの報告が繋がってきます。

また、鈴木親彦先生からは、上田彩子先生・上田竜平先生それぞれについて、次のようなご質問がありました。上田彩子先生に対しては、日本の漫画の特徴のひとつとして、顔の描き方そのものは変えることなく、背景に様々なスクリーントーンを置くことによってキャラクターの心情を説明する手法があるが、これは心理学的にどのように考えられるか、というご質問がありました。この点につき上田彩子先生は、それは「メタファー」により説明が可能であること、その背後には更に、キャラクターの心情を読者に分かりやすく表現する(そのために、背景のスクリーントーンをメタファーとして用いる)という日本漫画の特徴がある、というご回答がありました。また上田竜平先生に対しては、絵画作品として描かれた人物の顔を見た際の印象と、その人物を題材にして現代に作られたドラマにおけるキャラクター(役者)の顔を見た際の印象には、ときとして乖離があるように思われる場合もあるが、それは我々の特性判断を理解する上で何らかのヒントになるのではないかというご指摘がありました。そのご指摘に対して上田竜平先生からは、それを評価するための心理学的なアプローチの可能性が提案されました。

その後、同席されていた梶谷真司先生も交えてディスカッションが行われました。フロア(視聴者)からも高度な質問を多数頂き、限られた時間ながらも、上田彩子先生・上田竜平先生から丁寧なご回答がなされました。定刻を迎えてセミナーが終了した後も、会場では出口智之先生や鈴木敦命先生を交えた熱い議論が続きました。参加者の多さ、また議論の熱量などから、「顔」という研究対象が持つ魅力、またそれが学際的研究の可能性に満ちていることが示されたセミナーであったと感じます。

(水野 博太)

協働研究:「顔」は何を語るのか──過去から未来へ