武人政権としての大清帝国と日本近世国家

  • 日時:2019年6月14日(金)17:00 - 19:00(入場無料 事前登録不要)

  • 場所:東京大学 伊藤国際学術研究センター3階 中教室

  • 報告者:杉山清彦(総合文化研究科・准教授)

  • ディスカッサント:金子拓(史料編纂所・准教授)

「近世」の「東アジア」の国ぐにといったとき、どのような像が思いうかぶだろうか。一般的な理解は、日本は武士が全国を分割支配する封建国家、これに対し明・清両朝が支配する中国は、儒学を身につけた官僚が皇帝のもとで統治に当る中央集権国家として、両者を対照的にとらえるものであろう。しかし、日本の近世国家形成と同時期に明に代って清を建てたのは、漢人ではなく、マンジュ(満洲、旧称は女真)と名のる人びとであった。彼らはマンチュリア(満洲)のツングース系民族であり、八旗と呼ばれる軍事・社会組織に編成されて、その力で旧明領を征服するとともに、その範囲を超えて内陸アジアに広がる大帝国、すなわち大清帝国を建設したのである。地域的な軍事集団が、覇権競争に勝ち抜いていく中で国家権力に転成していく──そのようにとらえるならば、一見正反対と思われてきた、近世日清両国の支配のありようは、これまでの理解とは異なって描くことができるのではないだろうか。そのような観点から、近世東アジアの比較武人政権論を試みたい。