第44回(特別回)

人文学にとっての熊野の可能性をめぐって―建築史家と美術史家が古道を歩く―

  • 日時:2021年10月8日(金)17:30-19:30
  • 場所:Zoomオンライン開催
  • 報告者:
    • 秋山聰(東京大学大学院人文社会系研究科教授)
    • 松﨑照明(東京家政学院大学客員教授)
  • 申込み:10月6日(水)締切で、下記の様式でお申込みください。
  • 主催:東京大学ヒューマニティーズセンター
  • 共催:科学研究費基盤研究(B)18H00629 「中世宝物の贈与・寄進に関する比較美術史学的研究」(2018-21年度)(研究代表者:秋山聰)

大学院人文社会系研究科・文学部では、今年3月22日和歌山県熊野地方の中核都市新宮市と連携協定を結ぶに到った。そのきっかけは2013年9月中旬、建築史家に誘われ美術史家が熊野古道における最難関、大雲取越を歩いたことにある。熊野を歩いた結果、連携協定がどのようなプロセスで結ばれるに到ったかを明らかにする。

聖地、霊地、霊場と呼ばれるような場所は、どのようなところに見出され、そこに作られる建築には、どのような特徴があるのか。日本の山岳信仰では、全国に作られた、床下の柱を長くのばして断崖に懸け作る懸造という建築形式がそれを示す。そこで行われたのは、多く潔斎と苦行だが、全国の懸造を調べ歩くと、地獄のように厳しい修行と特別な力の獲得、難行苦行と極楽往生の決定など、地獄極楽の両面をあわせ持っていることがわかる。その具体例を文化の重層する熊野三山から解き明かしてみよう。(松﨑照明)

西洋中近世美術を本来の専門としながら、近年、日本各地の聖地・霊場を廻ることが増えた。きっかけは、熊野古道の難所のひとつ「大雲取越」を歩いていた際の体験にある。台風が到来する薄暗い森の中、「円座石(わろうだいし)」と呼ばれる磐座を通りかかった際、突然、エルサレムのキリスト昇天教会にまつわる不思議な伝説を理解することができた(気がした)。この偶発的遭遇以降、異なる宗教文化・美術の比較をいろいろと試みることが一層の愉しみとなるに至った。その一端をお話ししたい。(秋山聰)