動詞空所化構文の対照研究:消えた動詞を解釈する
- 日時:2021年9月24日(金)17:30-19:30
- 場所:Zoomオンライン開催
- 報告者:稲葉 治朗(東京大学大学院総合文化研究科 教授)
- 申込み:9月22日(水)締切で、下記の様式でお申込みください。
- 主催:東京大学ヒューマニティーズセンター
言語習得(母語獲得)において子供は、周囲の大人が話す言語を聞くことによって、自分の言語の文法を完成させていきます。子供は生まれつき「言語習得装置」のようなものを頭の中に備え付けているとはいえ、周囲の大人から聞かされる実際の言語の語句(インプット)がなければ、正しい文法を身に着けることは出来ません。こうした背景を踏まえたうえで、本セミナーで取り上げたいのは、以下のようなタイプの構文です:
(1)タロウが ビールを、 そして ハナコが ワインを 飲んだ。
(2)John drank beer, and Mary wine.
これらの例ではそれぞれ、第一文と第二文で同じ動詞が意味されており、同じであるがゆえに片方は削除されている、と一般的には考えられています:
(3)タロウが ビールを 飲み、 そして ハナコが ワインを 飲んだ。
(4)John drank beer, and Mary drank wine.
(3)(4)で取り消しを引いた語は、(1)(2)では発音されていない(つまり言語習得の過程でインプットデータとして与えられていない)にもかかわらず、(1)(2)は(3)(4)の意味で正しく解釈されます。これが可能なのはなぜだろうか、という疑問が、こうした「削除構文」と呼ばれるものが言語学の中で注目を集めている理由です。なお、動詞が同じであれば常に削除してもよい、というわけでもありません:
(5)*タロウが ビールを 飲み、 そして ハナコが ワインを 飲んだ。
(6)*John drank beer, and Mary drank wine.
(3)(4)から削除する動詞を変えた(5)(6)は容認不可能な文となってしまいます。ここで生じる更なる疑問は、こうした削除構文(動詞の空所化)はどのような場合に可能か(不可能か)、という問題です。
一般的にこうした現象に対しては、各言語の(基本)語順といったものが重要な役割を果たしていると考えられることがあります。SVO言語である英語、SOV言語である日本語では上記のような分布を示しましたが、SVOとSOVの両方の語順を持つドイツ語ではどうなのでしょうか。本発表では、こうしたドイツ語における現象も見ることによって、(我々になじみの)日本語や英語の分析にどのような示唆がもたらされうるか、探ってみようと思います。なお、外国語としてのドイツ語の知識(運用能力)は特に前提としません。