社会調査史のなかの「質的データ分析の方法論的諸問題」:見田宗介の問いかけ
- 日時:2022年6月9日(木)17:30 - 19:30
- 場所:Zoomオンライン開催
- 報告者:佐藤 健二(東京大学未来ビジョン研究センター特任教授/執行役副学長)
- ディスカッサント:
- 祐成 保志(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)
- 瀧川 裕貴(東京大学大学院人文社会系研究科准教授)
- 主催:東京大学ヒューマニティーズセンター
- 共催:東京大学大学院人文社会系研究科・文学部 社会学研究室
- 申込:https://u-tokyo-ac-jp.zoom.us/meeting/register/tZwvce-hqD4vEteA2Zrq8doXqUC5Lcx8iXYe
概要
「社会調査」(social research, social survey, fieldwork)の名で指ししめされる、観察・記録・比較・分析の実践は、19世紀に「社会学 sociology」の名で自らを語るようになった学の方法性の主張の核であり原形質であった。その実践の成長は、たとえば日本において、貧民窟探訪や職工事情の把握にはじまり、国勢調査・農村調査・世論調査から、ライフヒストリー、テクスト・マイニングにいたる拡がりを有している。そこで主題化されたデータ収集とデータ分析の諸問題は、ひとり社会学や人類学だけに限られない、認識生産のテクノロジーともいうべきものに深くかかわっている。
なぜ、それを「社会調査史」という歴史の厚みにおいて問わなければならないのか。そこにおいて1960年代半ばに提起された「質的データ分析の方法論的諸問題」という見田宗介の論考は、いかなる歴史的現在にむかいあっていたのか。それは、戦後日本社会に導入され、今日にまでつづく世論調査等を支えていくことになる新しいテクノロジーとしての「質問紙調査 questionnaire survey」と、どのような位置関係においてとらえるべきものだったのか。そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)のスローガンとイメージだけが先走る現代において、「社会調査」がいかなる課題とむきあっているのかを理解するうえで、どう活かすことができるのか。
一方において、データがいたるところに氾濫すると同時に切実に必要なものにはたどりつけず、社会の可視化と不可視化が同時に複雑かつ不可思議に進行するなかで、社会調査もまた「万能」への楽観(調査すればなんでもわかる)と「無能」への悲観(調査なんか決して役に立たない)の極端のあいだをゆれ動いている。この古くて新しい問題について、先ごろ急逝した見田宗介(=真木悠介)先生の古典的で先駆的な試みを素材に、いま人文・社会科学が取り組むべき問題を考えてみたい。